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[Music Essay:音楽話] 山下達郎のサウンド

時代がやっと達郎に追いついた

今や世界中のJ-POPファンが注目するアルチザン、山下達郎の洗練されたサウンドは竹内まりやと共に、筆者の音楽人生の中で深く心に刻まれている。

歌謡曲、フォーク、ロックが中心だった音楽業界に山下達郎は、彼独自の「ポップミュージック」を日本に広めたパイオニアだ。アメリカンポップス、クラシック、吹奏楽、フュージョンなどさまざまな音楽から影響を受けたと思われるバックグラウンドから創り出される山下達郎のサウンドは、一聴してそれと分かる、「山下達郎の音楽」なのだ。

ボーカリスト、作詞家、作曲家、アレンジャー、プロデューサー、ギタリストとして、数々の作品を創り出した音楽家、山下達郎は令和の時代、若い層も含め音楽ファンなら誰もが知る存在になったが、活動を始めた1970年代初頭、まだ知名度は高くなかったようだ。

当時はレコード盤全盛の時代。ネットで情報を得られる現代と異なり、限られた予算の中でリスナーの耳に届けるのは至難の業だった。ライブハウス活動、ストアイベントで、とにかく自分の音楽を聴いてもらうことに必死だったと思う。

下記は、BRUTUS 2022年7月1日号 BRUTUS TATSURO’S MUSIC BOOK 山下達郎の音楽履歴書『山下達郎、50年を語る』からの引用

クリス松村:
『今の若い子たちも、84年の曲に飛びつくという。編曲も含めて。こういうものって今結果が出始めているというか、海外での人気もそうですけど』

山下:
『40年前に言ってよ(苦笑)』(1)

山下の言葉が当時の苦労を良く表している。デビュー当時、売れずに苦労したが、今やネットで、世界で人気になったということだと思う。

時代がやっと達郎に追いついたのだ。

マーケティング、PR活動については同時代のアーティスト、荒井由実(現:松任谷由実)の活動が印象的。TBSテレビ『ぎんざNOW!』(70年代の番組)に出演した際の彼女の映像が筆者の脳裏に強烈に焼きついている(古い話だが…笑)。彼女自身の強力なセルフプロデュース力で知名度を上げたのかもしれない。

70年代はハードロック全盛の時代。多くのロックバンドが日比谷野音などのライブを盛り上げた一方で、70年代後半、テレビの歌番組で注目を浴びたのは、サザンオールスターズ、世良公則&ツイスト、原田真二、Charらのソフトロック路線だった。山下もテレビに出演し露出すれば認知度、セールスも上がったのではと思うが、彼のポリシーがそれを許さなかったようだ。

筆者はビートルズ以降、和洋問わず、ロック好きギター少年だったのでクリエイション、Char以外の国内の他ジャンルの音楽にあまり興味を示さなかったが、高校の友人宅で聴かせてもらった山下達郎、大貫妙子のサウンドに衝撃を受けた。1977年頃の話だ。彼は達郎の大ファンで、シュガーベイブのレコードを持っていたのだ。ポップでメロディアス、今聴いても古くささを感じない、洗練された音楽だった。それ以降、筆者は『CIRCUS TOWN』、『SPACY』、『IT’S APOPPIN’ TIME 』、『GO AHEAD ! 』と彼のレコードを収集していった。[続く]

参考文献 (1) BRUTUS TATSURO’S MUSIC BOOK 山下達郎の音楽履歴書 2022年7月1日号(マガジンハウス)29ページ

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